第2回「私自身がやりたいから、やっている」瀬谷ルミ子(JCCP事務局長)[中編]
![「私自身がやりたいから、やっている」瀬谷ルミ子(JCCP事務局長)[中編]](http://educationuk-special.jp/information/talk/images/seya4_b.jpg)
アフガニスタン大使館勤務時代、国連の担当者と国軍の兵士と回収した戦車の上で
第2回目は前回に引き続き、NGO日本紛争予防センター(JCCP)事務局長・瀬谷ルミ子さんです。瀬谷さんは世界各地の紛争地に赴き、紛争後の社会復興、住民間の紛争解決や国家規模の武装解除を行う仕事をしています。
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日本人であるということ
--そのようなご活躍の最中、今また日本に戻ろうと決意されたきっかけは?
瀬谷ルミ子さん(以下、S):まず、20代はとにかく現場で経験を積んで少しでもできることを増やしたいという気持ちでいました。ただ、30代に近づくにつれて、一つの組織を超えた仕事、もう少し違うレベルの仕事がしたいと考えるようになりました。それまで私は自分が現地の人に必要なこと、求められることをやっていればそれでいいと思っていました。でもアフガニンスタンにいた頃、自分が日本人であるということが切り離せない問題だと気づいたんです。
きっかけが2つありました。1回目は、現地で私と一緒に武装解除の仕事をしていたある女性の国連の職員に「自分が日本人であるとアフガニスタンの人々に言えるか?」と聞かれたことでした。彼女はアメリカ人で、特にアフガンやイラクはアメリカ人に対する拒否反応は強いものがあるため、「自分は罪悪感で(アメリカ人であるということを)言えない」と悩んでいた。知られたらどんな反応をされるのかすごく怖い、と。彼女は現地に溶け込もうと努力し、現地の言葉も学び、国連で働き、アメリカ政府のために働いているわけでもなかった。それでもアメリカ人であるということを切り離せないことで苦しんでいたんですね。私はその時「日本人は好意的に捉えられているからそれほど問題はない」と答えましたが、日本はインド洋でアフガンを空爆していたアメリカ軍に給油をしていたんですよね。




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